そして、次の日の朝早く月夜は異界に旅立った。夕香は月夜と一緒に起きられずに眠っ
ていた。月夜は夕香の部屋に入らずに寝ていることを確かめてそっと部屋を出て行ってい
た。
 日が昇り月夜がいないことに気づいて寝過ごしたことに気づいて溜め息をついた。そし
て引っ越したばかりのこの広い部屋で夕香だけが生活を始めた。
 静かな部屋。夕香は窓の外を見つめて溜め息をついた。そしてしばらくそこで固まって
いるといきなり携帯が鳴り出した。ハッとして取ると和弥だった。
「なに?」
「藺藤いるか? 携帯切ってるみたいで」
「長期任務で一ヶ月いないって」
 心なしか覇気のない声で告げられ和弥は面食らったように黙っていた。そして小さく舌
打ちをするのが聞こえた。
「そうか。お前は来るか?」
「暇だからね。今から行くから少し遅くなるけど」
「別に構わない。あと科内さん連れてきてくれるかな」
「嵐?」
 首を傾げていると溜め息混じりに答えが帰ってきた。
「生徒指導の塚田の命令」
「あっそう」
 また何かやらかしたのかあの狼はと内心思いつつ式文を飛ばした。というより転送の術
式を書き写し学校の男子便所に向かうようにした。
「男子便所に送るから適当にそっちでなんかやっといて」
「分かった」
 電話を切ると制服に着替えてカバンと財布を持って出て行った。部屋には誰もいなくな
った。
 夕香も夕香で学園祭の準備で奔走していた。月夜は異界の地で任務に勤しんでいた。手
を抜かないように早く終わらせられるように。
 月夜の任務は異界の修復だ。実際には修復に必要な霊力を供給するだけであるのだが女
人禁制の神域ゆえに大変なのだ。
「新入りか、大変だな」
 入っていきなりこんな任務に借り出されてという先輩も声をかけない先輩も実に多数い
て退屈はしなかった。ただ、気がかりなのは夕香だった。ふとした時に夕香のことを考え
ている自分に驚いていた。
 そして仕事が大詰めの時に一匹の狐が月夜を尋ねてきた。
『月夜殿』
 一匹の狐が自分を呼んでいるのを感じて月夜は一言断りを入れてから抜け出してきた。
そこにいたのは銀色の天狐だった。
「何用ですか?」
『長老であらせる澪星殿が貴方と話がしたいと』
「今は仕事なんだが?」
『仕事が終わってから結構です。よろしいでしょうか』
 夕香のことを考え、仕事のことを考え、どうしようかと思った。
「仕事が早く終わったら良いです。俺がそちらを尋ねます。使いは式で」
『はい。その言葉仰せつかりました』
 銀色の天狐は深い森の奥消えていった。その尾を見届けて月夜は何事かとふと思ったが
こう言う時にしか話せないからかと自己解釈して仕事に戻った。
「軌都」
「はい」
 いきなり呼ばれた。背筋を伸ばして返事をすると一人の大柄な先輩が手を振っていた。
その隣に向かうとがばっと抱え込まれた。
「何はなしてたんだ? 天狐だろ?」
「いや、何でもありませんって」
「彼女、天狐の姫なんだろ? その婚礼についてか?」
「何でそこまで飛躍するんですか?」
 呆れながらガックリと項垂れた。その途端首が絞まって咳き込んでその先輩を見る。
「じゃあなんなんだよ?」
「前に世話になったときに一杯のお誘いがあったんでそれでしょう。流石にそこまでは……」
「そうか。それについてお前は望んでるのか?」
「それは……」
 珍しく顔を紅くしてそっぽを向く月夜に先輩は深く溜め息をついた。そしてにやりと笑
みを浮かべると月夜のわき腹を合いた手で突っついた。
「おいおい、言っちまえよ」
「その前に、俺はやらなきゃならない事があるんで」
「なんだよ。ヤるのか?」
 露骨なこと言う先輩に月夜はがっくりとうなだれて抱え込まれている腕から逃げて対峙
した。初心な嵐より性質が悪いかもしれない。
「ヤる前にやらなきゃならないんでね」
「手術か」
「そっちの方面じゃありませんよ。しいて言うならば殺しですか?」
 肩を竦めて吐いた月夜に先輩は首を傾げた。何故殺しなのだろうか。そんな声が聞こえ
そうだった。
「ちょいと借りがあるんです。だから、そのある物を狩らなければならないんです」
「狩る?」
「ええ」
 頷くと仕事に戻った。これ以上話しても何にもならない。
「早く終わるんだか」
 八分修復された一つの宮をみてため息をついた。現世ではどれぐらいの時が立ったのだ
ろうか。



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